『ウトヤ島、7月22日』を観て

2011年7月22日にノルウェーのオスロ、そしてウトヤ島でおきた惨殺事件を題材にした作品、観てきました。正直衝撃が大きくて、観た直後は、この作品をどう扱っていいか迷って、あえて取り上げないという選択肢も頭をよぎったほどでした。ただ、観てから数日経ち、ウトヤ島に関して色々情報が入ってきて、やはり紹介しないといけないなという気持ちに至りました。

|ストーリー

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政治に関心ある数百人の若者が集い、キャンプファイヤーやサッカーに興じながら政治を学び、国の未来について語り合っているウトヤ島。そんなこの世の楽園のような場所を突如として銃声が切り裂き、キャンプ参加者の夢と希望を一瞬にして打ち砕く。何が起こっているのかわからないまま仲間たちと森へ逃げ込んだ少女カヤは、その恐怖のまっただ中でありったけの勇気を奮い起こし、離ればなれになった妹エミリアを捜し始めるのだが……。

|映画としての『ウトヤ島、7月22日』

まず、この作品を観て思ったのは、映画としての完成度が驚くほど高いということ。特筆したいのが、「音楽の使い方」「カメラワーク」「演技」「見えない恐怖」の4点。

無音という音楽

劇中では音楽は一切流れません。エンドロールでさえ、流れているのか流れていないのか分からないほどのボリュームで低音の音が流れている程度。無音で行くっていう決断って結構難しいと思うんです。音楽によって観客の注意を惹きつけることができるので、音楽を使わないという選択は、そもそも作品の力がないとできないものです。

ワンカットで駆け巡る

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そして多くの話題をさらっている「72分間ワンカット」。ウトヤ島に場面が移ってから最後まで、一度もカットが切れることなく、1台のカメラで物語は進行します。主人公カヤをひたすら追うカメラ。秀逸なのが、カメラがただ主人公を捉えるだけに存在していないところ。カヤが犯人から隠れるシーンがいくつも出てきますが、カヤが隠れるシーンで一緒に隠れるようなカメラワークを見せます。この手法によって、観ているこちら側がカヤの隣にいると思ってしまう錯覚に陥ります。

会話を含めたリアルさ

危機的状況になった時に、人間の性格本性が出ると良く言います。それぞれのシーンでの選択やセリフが本当にリアル。例えば身を隠したシーンでは「この場に残った方がいい」と言う人もいれば、「動いた方がいい」と言う人もいる。お兄ちゃんを待って頑なに動こうとしない少年の言葉も、こうなるのが分かるというくらいリアルに描かれています。

見えない、だから怖い

鳴り響く銃声、逃げ惑う人々、でも犯人はなかなか画面には出てきません。映画的手法で考えると、スピルバーグの『激突』を思い出しました。この作品は、後ろから迫ってくる大型トレーラーから主人公が逃げようとする物語で、トレーラーの運転手は劇中で殆ど出てきません。誰に追われているのか、目的はなんなのか、分からないまま作品は終わるのですが、姿を見せずに観客の恐怖感を煽ると言う手法は、当時とても斬新でした。『ウトヤ島、7月22日』もこの見えない恐怖に溢れています。

この4点があるからこそ、観ている人が、「自分もあの時、ウトヤ島にいた」と言う感覚にすらなってしまう作品になっているのです。

|実際何が起こったのか

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映画としての作品クオリティが高いにもかかわらず、取り上げることに躊躇したのは、皮肉にも、この作品のクオリティが高すぎることが起因しています。1人の人間によって、77名もの命が奪い去られた悪夢の1日。それが実際自分があの場所にいた、と錯覚してしまう程のリアルを突きつけられると、誰にでも気軽におすすめできる作品ではなくなってしまったのです。

ノルウェーという社会

作品を観た後、実際に何が起こったのか、その後どうなっているかを色々調べました。まず犯人のアンネシュ・ブレイビクが、なぜこのテロ行為を行ったか。

彼はノルウェー政府の移民政策にずっと不満を持っていました。つまり外国人排斥思想を持った男でした。ノルウェーを含めた北欧諸国では、移民政策には寛容と言われていて、昨年国連が調査を行なった「移民の幸福度ランキング」では上位を独占しています。

昨年の「移民の幸福度ランキング」を紹介した記事はこちら

そして、その移民政策に寛容であったのが「労働党」でした。ウトヤ島でその日キャンプを行っていたのは「労働党の青年部」。ブレイビグは労働党に制裁を加える意味合いで犯行に至ったと言われています。

ノルウェーに死刑制度(終身刑も)は無いので、ここまで残虐な行為を働いたにも関わらず、ブレイビグは禁固14年~21年という刑で現在も服役しています。これは多分現在の日本では考えられないこと。

悪夢があった直後、当時のストルテンベルグ首相がスピーチを行っています。そのスピーチは世界のメディアを驚かせました。全文の引用は避けますが、憎しみでこの悲しみを乗り越えない、民主主義的に、人間を成長させこの悲しみを乗り越えて行くという内容でした。このスピーチを首相がするのがノルウェーという国の凄さ。これも現在の日本では到達できない境地。

ストルテンベルグ首相のスピーチはこちら(ノルウェー語:英文訳)

その後もオスロでの爆発現場となった市庁舎に、この惨劇を忘れ去られないものにするために、ブレイビグが当時使用した爆弾を設置した車や、ウトヤ島に残された犠牲になった方々の遺留品が展示された特別室が作られたり、7月22日は毎年大きな集会が行われたりするなど、「あの日の後」は、まだ続いています。

|誰にだったら勧められる作品なのか

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この事件の背景を調べれば調べるほど、難しい感情が浮かび上がってきますし、島国の日本という部分で「移民」問題はやはり少し遠い存在でもあったりします。ただ1940年代~60年代、北欧諸国が移民に対して門戸を開いた理由の1つは「働き手の確保」でもあることには注目しなくてはいけません。そう、この事件が起こった背景は、近い将来日本でも起こり得るかもしれないのです。

ここまで書いても、やはり「多くの人に勧められる作品では無い」という結論は変わりません。ただ、観るのであれば、作品を観て終わりにして欲しくありません。僕と同じように、事件が起こった背景を調べてみるのも良いですし、ウトヤ島の事件を扱った他の作品を観てもいいかもしれません。映画の良いところは、それ観ることによって「大体」を知れるところです。ただそれが全てではありません。

「1つの物事に対して色々な情報に触れる、様々な側面を知る」事が、苦ではなく、関心がある人には、是非観ていただきたい作品です。

|『ウトヤ島、7月22日』予告編

『ウトヤ島、7月22日』オフィシャルサイト

|スタッフ・キャスト

監督:エリック・ポッペ
脚本:シヴ・ラジェンドラム&アンナ・バッヘ=ヴィーク
撮影:マーティン・オターベック
録音:ハンス・オラヴ・ストランド
音響:ギスラ・トヴェイト
出演:アンドレア・バーンツェン、エリ・リアノン・ミュラー・オズボーン
2018年/カラー/ビスタ/97分

配給:東京テアトル 提供:カルチュア・パブリッシャーズ、東京テアトル

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