2025年9月2日、フィンランド大使館で文学イベント「北欧の物語ーフィンランドの現代文学」が開催されました。
人気ミステリー作家と絵本作家を迎えた今回の催しは、フィンランド文学の奥深さを直接知ることのできる貴重な機会となりました。
古典から現代まで、フィンランド文学の多様性をひも解く

イベントは、着任してまだ2週間というエルナ・ニュカネン=アンダーソン広報文化外交・コミュニケーション担当参事官の挨拶から始まりました。
日本の夏の暑さや文化にようやく慣れ始めたと自己紹介した彼女は、「言葉にはアイデンティティを形づくる力があり、物語は人と社会を理解し、国境や言語を越えて広がる力を持つ」と強調。
文学がもたらす力を「人をつなぐ架け橋」と表現し、多くの来場者が大使館に集ったことを「とても嬉しい」と語りました。その言葉には、これから始まるプログラムへの期待をともに分かち合いたいという思いが込められていました。

続いて登壇したフィンランドセンターのヤーッコ・ノウシアイネン所長は、フィンランド文学の歩みを基盤から紐解きました。
1835年の国民的叙事詩『カレワラ』が後世の作家や芸術家に与えた影響、アレクシス・キヴィの『七人兄弟』やミカ・ワルタリ『エジプト人』といった古典の価値、そしてトーベ・ヤンソンが果たした国際的な役割を紹介。
さらに、戦後の都市生活を描いたピルッコ・サイシオの「ヘルシンキ三部作」、現代ではソフィ・オクサネンや“フィン・ノワール”作家たちの活躍を挙げ、「小国ながら文学は多様で国際的な広がりを持つ」とまとめました。
トークセッション:問いを手渡す小説、絵で書く物語
モデレーターを務めた広報参事官の進行で、ミステリー作家のレーナ・レヘトライネンとイラストレーター兼絵本作家のエンニュ・ルカンデルが、創作の背景と“いま”を語りました。

レヘトライネンは、1976年のデビュー以来約40冊を刊行し、「マリア・カッリオ」シリーズは累計250万部、30言語以上に翻訳されています。
作品では女性警察官のキャリア、ジェンダーロール、DV、近年の若者・ギャング問題など、社会の課題を物語に溶かし込みます。
レヘトライネンは、作品の深みや奥行きにはフィンランド社会そのものが大きく影響していると語ります。
「たとえば、法や警察への厚い信頼、人々が内向的で秘密を抱えやすい気質、そして西欧とロシアの狭間に位置する国だからこそ生まれる独特の哀愁やメランコリー。こうした社会的・文化的な特徴が重なり合い、フィンランドの犯罪小説に独自の緊張感と陰影を与えている」と説明しました。
そしてその社会背景を受けながら、「答えを提示するのではなく問いを手渡す」というスタイルで執筆しているとも述べ、読者自身が考える余地を残すことこそが、自身の小説の意義だと強調しました。

一方、エンニュ・ルカンデルは、自らを“ピクチャーブックメーカー”と呼び、絵と物語の両方を手がける「絵本作家」として活動しています。
彼女は「著者が文字で物語を書くなら、私は絵で物語を書く」と表現し、子どもの視点に寄り添いながらも、大人にも響く物語を届けてきました。
代表作のひとつでは、病気を抱える兄弟とその家族を描いています。
この絵本は、大人の読者には病や家族の葛藤をめぐる切実な物語として涙を誘いますが、子どもたちはまったく違う受け止め方をします。
たとえば兄弟が「ライオンになって草原で遊ぶ」シーンでは、深刻さよりも想像力と冒険の楽しさを感じ取り、明るい物語として読むのです。
同じ一冊でも、読む世代によって全く異なる世界が立ち上がることを示す象徴的なエピソードです。
また、ルカンデルは離婚やメンタルヘルスなど難しい題材にも挑みつつ、主にフィンランドのスウェーデン語系小出版社と協働。
「お金持ちにはなれないけれど、その分自由で実験的な表現が可能」とユーモアを交えて語りました。
社会制度から想像力まで――各国で異なる受け止め方

レヘトライネンは、自作に登場する産休や育休制度の描写が、海外読者をしばしば驚かせると指摘。フィンランドの制度の長さや柔軟さに「そんなに長く休めるのか」と驚きの声が寄せられるなど、社会制度の違いが共感のポイントにもなると語りました。

一方ルカンデルは、作品を読む国や文化によって感情の揺れ方が変わると説明。北欧では社会問題を重く受け止める声が多い一方で、他の国では「想像力の豊かさ」や「表現のユニークさ」が強調されることもあり、同じ作品が国境を越えて多様に解釈されることに手応えを感じていると語りました。
フィンランド文学100年の流れ

セッションの最後にレヘトライネンは、自身が作家として歩んできた視点からフィンランド文学の変化を振り返りました。
独立直後は民族叙事詩『カレワラ』の精神を引き継ぎ、国家のアイデンティティを模索する作品が多く生まれました。その後は戦争体験が大きなテーマとなり、戦後には都市の暮らしや社会の変化をリアルに描く作品へと移り変わっていきます。
1980年代以降は国際的な問題や多様なテーマを扱う作品が増え、2000年代に入ると犯罪小説やファンタジー、ホラーといったジャンルの広がりが一層強まりました。
一方で、いわゆる「高尚文学」と呼ばれる分野の影響力はやや弱まったとしながらも、「いまのフィンランド文学は、まさに多彩で国際的な広がりを見せている」と締めくくりました。
世代や国を越えて読み継がれるフィンランド文学。その魅力は、社会を映す鏡であり、心を揺さぶる問いかけでもあります。
その声はこれからも国境を越えて広がり、新しい読者を物語の旅へと誘っていくことでしょう。
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